神奈川新聞隔週連載・岡田監督のコラム「ふっと ライフ」第二回

・敬意を表せる人間に
 先週末、鹿島アントラーズと戦った。
 いつもどおりに試合開始70分前にマッチコーディネーションミーティングがあった。その試合のマッチコミッショナーとレフェリーそして両チームの監督、フロントが出席する会議である。私は、この試合直前の会議が形式的になっていて、行う意味がないとJリーグにも提案しているのだが、時々面白いこともある。
 その日のミーティングで、私と鹿島の監督であり昨年末の世界クラブ選手権でブラジルのサンパウロを率いて世界一になったアウトゥオリ監督の生年月日が全く同じだということが分かった。
 自分では、私のほうが若く見えると思っていたのだが、一応「ブラジルと日本では時差があるので私の方が年上だね」と言ったところ、「何時に生まれたか分からないので、きょうのところは引き分けということにしよう」と味のある返事をしてくれた。
 私は、こういう場でユーモアをもって応対できる人が好きだし尊敬できる人が多い。アルディレス(元東京V監督)、セレーゾ(元鹿島監督)、オシム(現千葉)など…。
 試合は、マリノスの選手たちの集中力がすばらしく、力の差以上の結果となり3―0でわれわれが勝った。試合終了直後に両ベンチの中央でアウトゥオリ監督と握手をした。
 彼は、当然腹の中が煮えくり返るぐらい悔しいはずだが、本当に自然体で笑顔をたたえ、敬意を込め「コングラチュレーション」と言ってくれた。
 その時、私はこの監督の器の大きさを感じたと同時に、前鹿島の監督、トニーニョ・セレーゾのことを思いだした。
 2004年のファーストステージの最終戦、われわれはアントラーズに勝って優勝を決めた。
 その翌日、私の自宅にセレーゾから立派な花が届いた。「あなたのプロフェッショナルな仕事に敬意を表します」と書かれていた。花屋さんができそうなぐらい届いた花の中でも、その花は私にとってはひときわ輝いていた。私はうれしさ、驚きとともに、心の底から「負けた」と思った。
 どんなことをしてでも勝ちたい試合で、負けた時には許せない悔しさがあったはずだ。しかし、翌日に相手をたたえ敬意を表せる人間の大きさ、これが本当のスポーツマンシップだろう。自分が逆の立場だったらできただろうか? 残念だが、答えはNOであった。
 私も、少々は経験をつんできて、いろいろなことが分かってきたつもりだったが、まだまだのようである。
神奈川新聞より)