神奈川新聞隔週連載・岡田監督のコラム「ふっと ライフ」第六回

・勇敢に立ち向かおう
 Jリーグはワールドカップのための中断に入ったが、ナビスコカップは代表選手抜きで行われている。
 われわれ横浜F・マリノスは、何とか予選リーグは突破したが、浦和レッズに完敗するなどいまだ本調子には程遠い状態だ。強烈な挫折感と自分の無力さに打ちのめされて、3日間のオフに入った。
 まず現状分析ということで、今年の全試合のDVD、ミーティングノート、トレーニング日誌を見直した。何となく説得力のありそうな結論と対策は自分なりにまとまった。しかし、完全にすっきりしたわけではなかった。
 その時、経営者の知人が昔送ってくれた、まだ読んでいなかった一冊の本をたまたま手に取った。それは「地上最強の商人」。オグ・マンディーノという人が書いた、商売で成功するコツを物語風に書いた本である。その中に「失敗は無知の暗やみを抜け出て、富、地位、幸福の陽光のもとへ導くための知恵と原理として、あらかじめ用意されたものである」という一文があった。
 よくいろいろな本で「失敗」は成功のために乗り越えなければならないハードルであり、歓迎すべきだなどと書いてある。しかし、「あらかじめ用意されたもの」と言われると、自分など及びもしない大いなる存在を感じて謙虚にならざるを得ない。
 そして、その瞬間、私の頭がすっきりクリアになった。選手のせいではない。すべて自分のせいである。今の状況は、自分に気づかせるため「あらかじめ用意されたもの」なのだ。まだまだ自分は勉強しなければならないし、進歩しなければいけない。そう思うと、戦術やトレーニングに関して新たなアイデアが浮かんできて、このチームが自信にあふれた強いチームになるイメージがわいてきた。
 「失敗は試練じゃないよ。成功こそ試練だよ」と、私が2連覇したあとに言ってくださった京セラの稲盛会長の言葉も思い出した。
 それと同時に、最終選考で代表から落ちた久保のことが脳裏に浮かんだ。「人間万事塞翁(さいおう)が馬」である。おまえだけではない。誰もが失敗をする。失敗や挫折をしない人間はいない。そこから逃げ出したり投げ出したりするか、絶対にあきらめないかの違いである。
 お互い勇敢に立ち向かおう。
神奈川新聞より)