神奈川新聞隔週連載・岡田監督のコラム「ふっと ライフ」第五回

・今こそ「平常心是道」
 Jリーグも6日に引き分けた第12節・千葉戦をもってワールドカップによる中断に入る。開幕4連勝でスタートした後、不本意な結果が続き大ピンチになったが、選手たちが何とか踏みとどまってくれたという感じである。
 厳しい状況だが、中断は、チームを立て直す上では非常にありがたい。まだここからが勝負だと思っている。
 ところで先日、日本代表の試合をテレビで見た。残念ながら終了間際のセットプレーから失点して負けてしまった。ただ私は試合の結果より、俗に最終選考の当落線上といわれる選手たちが、アピールしたいと必死でプレーしていたことに違和感を覚えた。
 アピールしようとすることは、決して悪いことではないし、必死でプレーすることは素晴らしいことだと思う。
 ただ、あくまで「チームが勝つため」にプレーするのであり、本番まで数試合しかない大切なテストマッチが、個々の選手のアピールの場になってしまっていいのだろうか?
 Jリーグの試合でさえ、マスコミは試合の内容や結果より代表選手の活躍度を書き立てる。ジェフとマリノスが試合しているのであって、巻と久保が戦っているわけではない。
 これは致し方ないのだが、そういう周りの空気にのみ込まれ、選手たちも自然と「アピール」と口にする。指導者の目は節穴ではない。無理にアピールなどしようとしなくとも、「チームが勝つため」にベストを尽くしている選手を見落とす訳がない。
 「ワールドカップは、一生に1度の夢だから」とよく聞くが、私の試合を毎回応援してくれている人の中には、ガンを宣告されている人、または私の試合を病院のベッドで見て勝利を喜びながら亡くなっていかれた方もいる。電動車いすサッカーの仲間は、医者に止められながらもサッカーを続け、昨年は2人の仲間がこの世を去っていった。
 ワールドカップの夢も、彼らのマリノスに勝ってほしい、電動車いすサッカーで試合に出たいという夢も同じぐらい重いものではないだろうか?
 今こそ代表選手たちは、「平常心是道」という禅語の本当の意味を知ってほしい。
 これは普段と同じ気持ちという意味ではない。人間は「こうしたら、どうなる」などと、いろいろなとらわれを持ってしまうものであるが、すべてのとらわれを捨て去り、無心に事をなすという意味である。
神奈川新聞より)